ただのポスドク残酷日記じゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を(以下略)――前野ウルド浩太郎「バッタを倒しにアフリカへ」

面白かったです。いまだにバッタが大量発生して穀物被害が生じているということも知らなかったし、ファーブル昆虫記にはまって昆虫学者を目指していたら人生が修羅になったというポスドク残酷日記としても学びがあります。博士号とってもなかなか安定しない、研究もままならない、みたいな話は聞いてはいましたが、ここまでシビアだとは思いませんでした。まあ、著者はバッタの研究という、日本においては、ニーズ?なにそれ? みたいな領域を専攻しているので余計にそうなのかもしれないのですが。とにかく、周りが実験室においてバッタの研究をしている中で、まだ手付かずの生態の研究のためにモーリタニアに渡って、広大な砂漠の中でバッタの群れを追い回す、という行動力がすごいです。
それでも学振(国内3年+海外2年)という研究費補助制度を使い切って、就職先も決まっていない無収入状態になってしまうわけですが、ここからもなかなか真似できない展開です。ふつう、無収入で、しかも専攻がバッタとかいう謎領域だし、もう人生終わった、と絶望するターンじゃないですか。しかし、著者はこの逆境を、ネタとしておいしい、「売り」にできる、と考えるのですね。そこから雑誌や各種メディアを使いながらファンを増やし、知名度を上げ、なんとか態勢を立て直すのです。「他人の不幸は蜜の味」なので、自分が絶望的な状況にあればあるほど、他人は喜んで話を聞いてくれるわけですね。やはり天才か……。
それだけでなく、昆虫を研究したいという欲望のために、「アフリカにおけるバッタ被害を食い止め、ひいては日本の国際協力にも資する」という大義ですら使っています。まあ、やってて楽しいことをやるのが人生なのであって、大義のために自分の人生があるわけではないですからね。ただ、結果として社会貢献にもつながれば、ヒトも金も集まって活動が持続的になる、というだけで。要は昆虫大好き少年が、大人になっても工夫をこらして好き勝手やっているということなので、変に意識高くなくて好感が持てます。いずれにせよ大義である。大義大義

スペース・コロニーとか心底どうでもいい人でも読める倫理学――稲葉振一郎「宇宙倫理学入門」

正直、宇宙にはあんまり興味がない(ついでに言うとガンダムも観たことない)。マイクロ波送電による宇宙太陽光発電の実用化(「100年予測」参照)や、さらにその先の軌道エレベーター実用化ぐらいになってくると、新たな産業としての興味も沸いてこようが、ロケットの打ち上げに一喜一憂している程度の現状において、なにか考えるべきことがあるのだろうか、というスタンスであった。多くの人にとっても、宇宙とは、遠すぎる場所であり、人間として生きるには極限状況すぎる論外の場所なのではないだろうか。
本書も、宇宙における倫理学というよりも、人間が宇宙に行く意義とその物理的な困難性を比較したうえで、生身の人間には荷が重い、と結論づけている。これ自体に異論はないだろう。面白いのは、さらにその先で、生身の人間には無理でも、身体改造した人間にはできるかもしれないし、アップロードされた人間の知性を備える機械にだったら余裕だろう、という話になることで、宇宙という物理的なフロンティアを舞台にすることで、“人間”の定義におけるフロンティアが、実際の問題として立ち上がってくることだ。
この問題には、ポリスの時代の哲学者も、近代の自由主義者も、うまく答えることができない。

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「BLAME! THE ANTHOLOGY」読書会の模様

映画化もされた伝説のネバーエンディング増殖都市マンガ「BLAME!」を原作に、今を時めく作家陣が好き放題書いたアンソロジー。誰得読書会の課題本にしました。読書会では10点満点で点数をつけて参加者一同で選評したのですが、一番高得点を獲得したのは飛 浩隆「射線」(平均8.6点)。茫漠としたスケールの大きさ、想像を超える美しい風景の描写といった点が原作とも親和的であり、高評価されました。10点満点つけた人も3人もいました。実際すごい。
以下は、各短編の僕の採点(10点満点)、そして議論の過程で出てきた主な意見の紹介となります。 

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京極夏彦をやりたくて清涼院流水となったバカミス――「うみねこのなく頃に」

孤島の密室で連続殺人事件が起きる。それも人間には絶対に不可能に思える方法で。人間にできないなら、魔女の仕業。魔女は”い”る。
いやいや、んなわけねーだろ、こんなの全部人間のトリックで説明してやるぜー、魔女の不在を証明してやる!
……という、魔女はいるよ派(というか私こそが魔女だよ派)と、魔女なんていないよ派の、逆魔女裁判が本作の前半なんですが、これだけ聞くとけっこう面白そうなんですよね。魔女だと認めてもらいたい容疑者。これは斬新。
ところが、エピソード5から、魔女なんていないよ派だった主人公が急に悟ったような顔して、魔女はいるよ派に転向して、なんでそんなことになったかも含めて謎解きしないといけなくなり、正直カオスです。迷走しているとしかいいようがない。一応、エピソード8で、すべてが明らかにされるのですが、そこに至る過程が色々おかしい。

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イエスタデイをうたって

かなり好きな作品。マンガの絵というよりも、美大生が書いたという方がしっくりくるような、素晴らしい絵。ストーリーは恋愛を中心にしてはいますが、けっこうぐだぐだなんで、どうでもいいです。4巻くらいまでは最高なんですが、「めぞん一刻」の管理人さんを数倍めんどくさくしたヒロインが、すべてをめんどくさくしていきます。ただ脇役も含めキャラと、何気ない日常の空気感は素晴らしく、居心地がよい。夢見がちな大学生気分が抜けなくて、とりあえず生活のためにコンビニでバイトして、でもアート的なものから完全に抜けられるわけでもない、そんな主人公の成長物語として読むこともできるかもしれません。

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グロテスクなんだけど読み始めたら止まらない系のマンガ5選

グロいの苦手なんですけども、たまに面白いのもあるから困る。

メイドインアビス

ぶっちゃけ、これを紹介したくてこの記事を書きました。「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」で紹介されていたので読んでみたのですが、噂にたがわずスゴイ本。底の見えない大穴を探検するというシンプルな構成ながら、「風の谷のナウシカ」的な異世界生物にわくわくするし、時には「ダンジョン飯」的に食糧現地調達サバイバルものになるし、なんか絵柄もほんわかしていいっすなあ、という代物。でも、のほほんとした空気からいきなり、生きるか死ぬかのシビアな展開がまってるんですね。で、当然、グロいと。この落差はなかなかないですね。まだ完結していないのですが、今一番続きが気になるシリーズといっても差し支えありません。

ベルセルク

圧倒的な完成度を誇るファンタジー。おそらくジャンヌ・ダルクとかがいた時代の中世フランスを舞台にしています。物語初期の傭兵時代編は最高でしたね。そこから人智を超えた怪物に遭遇してしまい、それを人力でなんとか倒していくあたりも面白い。徐々にファンタジー要素が強くなって、戦闘がまた別のゲームになっていくわけですが、ここもけっこう好きです。ただ最近は展開が遅すぎて正直もうちょっとなんとかなんないのかな、と思ったりしますね。さて、グロいところは、あるといえばあるんですけども、スクリーントーンをあまり使わない、パサパサとした質感のタッチなので、そこまできつくないかなあ、という感じです。まあ、例外的な場面もありますが。

寄生獣

もはや定番なのかもしれないんですけども、バイオホラーの傑作といいますか、人間中心主義を木っ端微塵にぶっ飛ばす超エキサイティン!なセリフに満ちた本作は外せないような気がします。食物連鎖の中で捕食される側になってしまうという設定ですので、グロくないはずはないんですが、必然性のあるグロさですね。まあ、あと最初は気持ち悪かった触手のミギーも、より気持ち悪いのがいっぱい出てくるので、相対的にマシにみえてきて最終的にはミギーかわいいよミギーという心境に至るから不思議なものですね。


アイアムアヒーロー

ゾンビもの。やっぱり最初の5巻ぐらいまでが緊張感ありましたが、謎解き要素がまだあるのでなんだかんだ追いかけています。この作者の「ルサンチマン」もけっこう面白くてオススメです。4巻で完結するので手軽。





フランケン・ふらん

正直この作品を紹介するのは犯罪的というか、心の傷跡をばらまくような行為なので、とても申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、名作です、名作なのです。バイオテクノロジーに精通したブラックジャックが、毎回毎回とんでもないソリューションで患者の難題を解決するという話。なのですが、発想がマジキチなんですよね。生命倫理が体育館の裏でゲロ吐いているような、そんなホラーに仕上がってます。男二人から同時に告白された女の子が「どっちか選べなーい」みたいにぶりっこしてたら、謎の技術で身体丸ごと分裂して女の子が二人になり、内面の葛藤が物理的に存在する二つの身体同士の衝突に置き換わってしまう話とか、そんなのです。あと、1巻が一番グロいです。事故で損傷した身体を修復する間、一時的に人間の頭を〇〇に移植して、とか、もうね、ほんとやめてほしい。これは本気でやばいやつです。

誰が得するんだよこの本ランキング・2016

年末の恒例行事。この1年で僕が読んだ本からのベスト本の選出です(出版年ベースになっていないのでご留意ください)。かつては実用書・フィクションからそれぞれトップ10を選んでいたものですが、今年は忙しくてその気力がないので適当に紹介して、お茶を濁す感じです。

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